作品ポイント
- 直木賞受賞&山田風太郎賞受賞&四大ミステリランキング完全制覇
- 『氷菓』『満願』『王とサーカス』作者のデビュー20周年の集大成
- “戦国×本格×社会派が三位一体となった傑作ミステリ”
あらすじ
本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の集大成。『満願』『王とサーカス』の著者が辿り着いた、ミステリの精髄と歴史小説の王道。
KADOKAWA HP
レビュー
- 文章力
- 5
- 構成力
- 4
- 訴求力
- 3
- 時代性
- 3
- 没入感
- 3
ここがスゴイ!
読者を引き込む語り、圧巻の文章力
何よりスゴイのが、余計な装飾のない、必要十分の描写。スムーズに読めてしまうほど気づきにくいところではありますが、「必要十分」を体現するというのはとても難しいことです。読者を混乱させるような描写不足や、気持ちが冷めるような比喩が一切ない文章の巧みさは圧巻です。次の引用も、何気ない一節でありながら、その場の空気がありありと伝わります。
諸将は村重の言に聞き入る。村重の声の響きには嘲りと寂しさが相半ばし、聞く者に諧謔味と、世の移り変わりのはかなさを知らしめた。
米澤穂信『黒牢城』p.25
また、「〜にござる」「〜まする」といった歴史モノ特有の会話文も違和感なく、歴史小説に慣れていない読者でもスムーズに読むことができると思います。ミステリと歴史小説の融合を果たし、作者のファン(ミステリファン)に別ジャンルの入り口を示したという意義は絶大です。
ミステリとしての巧みさ
第一章から第四章まで、各話完結で小謎を解きながら、物語はスピード感を持って進みます。最後にわかるすべての黒幕は意外な人物……、読者を飽きさせない持久力と、最後にあっとおどろかせる意外性。ミステリにとって不可欠な二要素をそつなく満たしています。ここに歴史的事実と時代性のある小道具とが絡んでくるため、ミステリとして成り立たせるのは並大抵のことではありません。作者、編集者、そして校閲の三者の努力の結晶です。
ここはイマイチ…
主人公・荒木村重をはじめとする人物の魅力の乏しさ
人物を三人称で描き、それぞれに肩入れしないフラットな語りをしているために、難しいことではあると思うのですが……、主人公・荒木村重をはじめとして、それぞれの登場人物に魅力を感じることができませんでした。正直、ミステリであれば「キャラ」が立っていればそれでいいとされるような風潮もあるのですが、欲をいえば、もう少し有岡城の「世界」に入り込みたかったです。小説の舞台となりやすい戦国時代をとりあげている分、同時代を扱った名作(たとえば司馬遼太郎『国盗り物語』や池波正太郎『真田太平記』)とどうしても比べてしまいます。それぞれの人物が醸し出す雰囲気や、人物どうしの心の交流の描写をほんの少し入れ込むだけでも、受ける印象は変わったかもしれません。
「戦国×ミステリ」の不調和をどう料理するか
有岡城陥落の危機という事態の重々しさと、ミステリの謎解きの軽さがどうしても合わないように感じられてしまいました。始終、息がつまるほど重々しい空気がはりつめているために、変死や難事件のからくりが作り物めいて、滑稽にさえ思えてしまう瞬間も。いったい何をどのようにすればいい塩梅になるのか、難しいところではありますが、「解決編」の部分を少し工夫するだけでも変わってきそうです。
「そも、自念殺しはなにゆえに奇怪であったか。皆も知っておることと思うが、もう一度話しておこう」
米澤穂信『黒牢城』p.111
そうして村重は、自念殺しの難点を上げた。それは大きく分けて、二点に絞られる。
名探偵がこれまでの伏線を回収し、読者にわかりやすいように謎の「解説」をする……、これはミステリではお決まりの見せ場ですが、重厚な歴史小説の一面も持つこの小説でそれをやってしまうと、ややアンマッチな印象を受けます。わかりやすさがあってのことではありますが、「いざ、解決編!」というようなわざとらしいシーンはできるだけ削り、村重と官兵衛との対話を通じて読者に種明かしをする、という手法をとることもできたのではないでしょうか。
次作、これを書いてください!
デビュー20周年、本当にたくさんの作品を書かれてきている方ですが……、ぜひ、あらたなステージに進むという意味も込めて、「ギャグ×ミステリ」に挑戦してみてほしいです。ギャグ漫画はあってもギャグ小説というのはなかなかないような気がします。しかし、インタビューやTwitterなどからうかがえるように、日頃から独特な感性を発揮しているユーモラスな作者なら、そして圧巻の文章力と構成力をもってすれば、きっと書けると思うのです。
自意識が高く、ちょっと自虐的で、世の中を斜にかまえて見ているような中年男性の主人公が、ふとした瞬間に巻き込まれる事件に、笑いと運をもって立ち向かっていく……、絵がなく文章だけで、しらけさせずに笑わせるには相当な技術が必要だと思います。だからこそ、『黒牢城』で新境地を開拓したベストセラー作家による、さらなる新感覚の小説が読みたいです。