本屋大賞

【2022年本屋大賞10位】町田そのこ『星を掬う』レビュー!

2022年5月7日

作品ポイント

  • 2021年本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』の作者による新刊
  • 「捨てた」「捨てられた」女性たちの苦悩と再生の物語
  • 人と人との「つながり」について考えさせられる一冊

あらすじ

千鶴が夫から逃げるために向かった「さざめきハイツ」には、自分を捨てた母・聖子がいた。他の同居人は、娘に捨てられた彩子と、聖子を「母」と呼び慕う恵真。四人の共同生活は、思わぬ気づきと変化を迎え――。

中央公論新社HP

レビュー

  • 文章力
    3
  • 構成力
    4
  • 訴求力
    4
  • 時代性
    5
  • 没入感
    3

ここがスゴイ!

「再生」の希望に胸を打たれる

家族に裏切られ、苦しみもがく主人公たちが、他者とつながり、再び愛し愛される感情を取り戻す――。ダイナミックな展開と、感動的なラストは前作『52ヘルツのクジラたち』でも絶賛されていました。

「ほんとうの母娘?ばかにしてる。あなたたちはすでに母娘として仲良くしあわせに暮らしているんでしょう?なら、それでいいじゃない。これまで通り楽しくやれば?わたしは、あなたたちのしあわせのおこぼれを貰うように助けられても、全然嬉しくない。むしろ、惨めだ」[…]
「わたしを捨てたひとに縋るなんて情けない真似、死んでもするもんか!」[…]
「じゃあ……じゃあさ、縋るんじゃなくて、利用するっていうのは、どうかな!?助けて、じゃなくて『母親の責任を果たして!』って言うの。それなら、いいでしょう?」

町田そのこ『星を掬う』pp.55-56

こういった、本音の叫びによるぶつかりあいが何度もくりかえし出てきます。とはいえ、このようなクライマックス感のあふれるシーンが何度も出てくると、ちょっと胃もたれするときも……。けれど本作では、ラストに向けて少しずつ感情を高めていくように、読者を置いてきぼりにしないようにうまく構成されています。ともすれば読者をしらけさせてしまいかねない劇的なシーンを、緩急をうまくつけて織り込む構成力は一級品です。

性暴力の実情を広く世に問う

夫から妻へのDV、男性教諭からのセクシャル・ハラスメント、顧客のストーカー……。痛ましく、目を覆いたくなる描写も多くありますが、フィクションだからこそ伝えられる、伝わることは必ずあります。いま世に広く問わなければならない悲惨な現実を、覚悟をもって描いています。

また、加害男性のみならず、女性のアライ(味方)となるような男性も複数出てくるところもポイントです。自分がどちら側に立ちたいか、いまどちら側に立っているか――。特に男性読者に対してそう問いかけ、考えることを促しているようにも読むことができます。

ここはイマイチ…

登場人物が「なぜ」そう振る舞うのかに疑問が残った

長い間音信不通だった母と娘を引き合わせ、その後も物語に深くかかわっていくキーパーソンとなる人物が、なぜそこまでして彼女たちの世話を焼くのか、その動機がわからないままでした。

不遇な主人公に手を差しのべる「お助け隊」的人物は、物語をドライブさせる上で重要です。ですが、その「お助け隊」が、なぜリスクを負ってまで主人公を助けようと思うのか、その動機が納得できるものでなければ、作者の都合で登場人物を動かしているように見えてしまいます。

性暴力という深刻な社会問題をどう描くか

先にも書いたように、性暴力という社会問題に対して、フィクションだからこそアプローチできることは必ずあります。ただ、被害者(女性)側から語られる性暴力の問題を、それを経験したことのない(特に男性)読者にどう伝えるかには課題が残るように感じます。DV、セクシャル・ハラスメント、ストーカーといった恐ろしい性犯罪をいかにリアルに読者に感じてもらえるか。「本当にこんなことが存在するの?」「ちょっと盛っているんじゃないの?」と読者に思わせてしまったら、フィクションとしての効力は半減してしまいます。たとえば、以下のような描写。

[…] 大きな痣がいくつもできるほど、執拗に殴りつけられた。胃の中のものをげえげえと吐き出すわたしを見下ろして、この痛みを覚えてろと弥一は言った。何度逃げても同じだからな。おれはな、おれの傍にいた奴がおれの許可なしに勝手に離れていくことは許さねえって決めてんだ。だからお前も、絶対に離れていくことは許さねえ。逃げたくなったら、この痛みを思い出せよ。くだらねえことは考えるな。

町田そのこ『星を掬う』p.12

この描写が読者にリアルに迫るためには、加害者・弥一の人物像の掘り下げが重要です。ただのモンスターとして書いてしまっては、現実とは別次元の話としてとらえられかねません。それを経験したことがない読者に、どこまで真剣に深刻に感じさせるか。その点は、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』に学べるところがありそうです。

次作、これを書いてください!

2022年3月26日放送のETV特集「おうちへ帰ろう 障害のある赤ちゃんの特別養子縁組」を観て、障害を持って生まれてきた我が子を愛せない親がいることを知りました。

障害児の特別養子縁組を進める奈良のNPO法人「みぎわ」。障害のある子どもを育てられないという実親からの相談が相次ぐ。代表の松原宏樹さんは親の相談にのり、緊急性が高く特別養子縁組が必要と判断したものについては養親を探す。これまでに成立した縁組は9件。松原さん自身も障害のある男児を家族に迎え入れた。子どもたちが安心して成長できる“おうち”をみつけたい。小さな命を守る日々をみつめる。

NHK公式HP

『52ヘルツのクジラたち』『星を掬う』で人と人とのつながり、特に血のつながりのある家族間の断絶に真剣に向き合ってきた作者にこそ書いてほしいテーマです。障害を抱えた赤ちゃんをめぐる物語――、小さな声を丁寧に掬いとるように描いてくれるのではないかと思います。

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