本屋大賞

【2022年本屋大賞8位】知念実希人『硝子の塔の殺人』レビュー!

2022年5月24日

作品ポイント

  • 医療ミステリを得意とする作者初の本格ミステリ
  • 度肝を抜かれる怒涛の展開にドキドキが止まらない一冊
  • 「新本格」時代の総括、趣向を凝らした壮大なメタミステリ

あらすじ

雪深き森で、燦然と輝く、硝子の塔。地上11階、地下1階、唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など、一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館で次々と惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体が。さらに、血文字で記された十三年前の事件……。謎を追うのは名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬。散りばめられた伏線、読者への挑戦状、圧倒的リーダビリティ、そして、驚愕のラスト。著者初の本格ミステリ長編、大本命!

実業之日本社HP

レビュー

  • 文章力
    3
  • 構成力
    5
  • 訴求力
    3
  • 時代性
    2
  • 没入感
    4

ここがスゴイ!

幾度なく読者を騙す、さまざまな仕掛け

当作の完成度は、一世を風靡したわが「新本格」時代のクライマックスであり、フィナーレを感じさせる。今後このフィールドから、これを超える作が現れることはないだろう。
島田荘司

実業之日本社HP

本格ミステリの旗手による、この過剰にも思える推薦文にまったく納得してしまうほどに、緻密かつ大胆なストーリー展開に脱帽です。雨あられのように、次から次へと「謎」が読者に押し寄せます。単行本で500ページという大作であるにもかかわらず、読者をまったく飽きさせない演出力におどろきました。「どんでん返し」祭りともいえる詰め込みぶりは、2019年にミステリランキング5冠を獲得し、大きな話題となった相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』に勝るとも劣りません。

本格、新本格の流れを汲んだミステリ入門書としてうってつけ

「私、クリスティ作品が好きって言いましたよね。作品自体としてはポワロ派なんですが、実は名探偵としてはミス・マープルの方が好みなんですよ。ミス・マープルの作品としては『パディントン発4時50分』とか『鏡は横にひび割れて』などの長編ももちろん好きなんですけど、個人的なベストは『火曜クラブ』ですね。ミス・マープルの家にいろいろな職業の人が集まって、自分が過去に経験した不可思議な事件を語り、その謎をミス・マープルが解き明かしていく。これって、北村薫がデビュー作『空飛ぶ馬』で流れを作り、その後、『ビブリア古書堂の事件手帖』や『珈琲店タレーランの事件簿』の大ヒットもあって、ミステリの一つのジャンルとして確立した『日常の謎』の原型ではないかと思っているんですよ。最近のライトミステリと呼ばれる分野では、特殊な店の女主人が客の語る謎を……」

知念実希人『硝子の塔の殺人』p.175

ところどころ差し挟まれるミステリ談義は、本格ミステリ好きにとってはたまらないでしょう(あるいは解釈に対する反論もあるかもしれませんが、それを含めて、ミステリファンどうしで議論したくなる内容です)。とはいえ、ミステリにあまり詳しくない読者を置いていかないような、バックアップの工夫も随所に見られます。実在の有名作品が多数出てくるため、「ミステリを読んでみたいけれど、どこから読めばいいかわからない」ミステリ初心者には読書案内としても有用です。作者のファンに多いであろう医療ミステリ好きが、本格/新本格への扉を叩く一冊になりそうです。

ここはイマイチ…

キャラクター設定の前時代感

外界から閉ざされた豪邸、館の主人(メイド付き)と招かれた客たち……という「孤島」ミステリの流れを汲んだ設定は、もちろん物語上必要なものであります。ですが、「外見」は伝統的な本格ミステリを踏襲した上で、21世紀の、令和のミステリとして「中身」はアップデートしてもよかったのではないでしょうか。「現代に」「現代の」作品として読むにしては、前時代感ただよう人物造形に少し違和感を感じてしまいました。たとえば、登場人物のひとりである、霊能力者の「夢読水晶」は、ただただ「ヒステリックな女性」として描かれていて、最後までその印象は変わりません。

「では夢読様。私がお食事と飲み物を運びますので、お部屋で食べるのはいかがでしょう」
円香がおずおずと提案するが、再び「いやよ!」という怒声が響くだけだった。
「扉を開けるのが嫌なの。錠を外したら、殺人鬼が押し入ってくるかもしれないじゃない」
「夢読さん、少し冷静になろう。扉の外には私を含めて五人もいるんだ。万が一この中に犯人がいるとしても、この場で君を襲うわけがないじゃないか」
九流間が説得を試みる。
「そんなの分からないでしょ。あなたたち全員が犯人かもしれないじゃない。全員で示し合わせて、神津島さんと執事を殺して、今度は私を狙っているのよ。そうでしょ! そうなんでしょ!?」
支離滅裂な夢読の言葉に、九流間は大きなため息をついた。

知念実希人『硝子の塔の殺人』pp.226-227

こういった人物の描き方は、現代の小説として読んだ場合、「女性=ヒステリック」というステレオタイプを助長しているようにも思えてしまいます。各登場人物への「キャラ付け」は必要ですが、一面的に決めつけるような書き方になっていないか注意する必要があります。

キャラが活かしきれていない登場人物も

主な登場人物一覧

  • 神津島太郎(館の主人)
  • 加々見剛(刑事)
  • 酒泉大樹(料理人)
  • 一条遊馬(医師)
  • 碧月夜(名探偵)
  • 巴円香(メイド)
  • 夢読水晶(霊能力者)
  • 九流間行進(小説家)
  • 左京公介(編集者)
  • 老田真三(執事)

(以下重大なネタバレが含まれますのでご注意ください)

***

主人公とそのバディの月夜と遊馬、そして結果的に殺された仕掛け人の神津島・加々見・老田・巴。それ以外の登場人物のうち、特に九流間、左京、夢読の果たす役割と存在感が薄いように感じられてしまいました。クローズドサークルで、一人ずつ殺されていくなか、もっと剥き出しになる人間性や、意外な思惑・関係を見たかったという思いがあります。

次作、これを書いてください!

「本物の名探偵に会う」ために名犯人をつづけていく月夜と、探偵役としてはいまいちでも最高の相棒だったと月夜に評された遊馬。二人の物語はまだまだつづいていきそうな予感がします。

特に月夜の過去はまだ明かされていない部分が多く、「名犯人」としての動機には謎が残ったままです。冷徹な殺人者としての月夜が、何を感じ、何を考えているのか。次作ではぜひ、特に月夜の心理描写に焦点をあててほしいです。月夜と遊馬の「名探偵を探しに」シリーズ化、希望します!

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