目次
はじめに
12月16日に、2022年下半期の芥川賞の候補作が発表されました。
そもそも「芥川賞」とはどんな賞なのか。
そして今回候補作5作の特徴と、最後に受賞予想+受賞作【追記】をご紹介します!
芥川賞とは
純文学性のある短編小説〜中編小説に与えられる文学賞です。
単行本ではなく、雑誌掲載の小説を対象に、主に新人作家がノミネートされます。
直木賞とともに、日本文学振興会(文藝春秋社)主催で年に2回開催されます。
前回受賞作は、高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』。
選考委員は、小川洋子・奥泉光・川上弘美・島田雅彦・平野啓一郎・堀江敏幸・松浦寿輝・山田詠美・吉田修一各氏9名。
第168回の受賞作発表は、1月19日です。
選評と受賞作は『文藝春秋』2023年3月号に掲載されます。
候補作紹介
第168回芥川賞の候補作は、以下5作となりました。
安堂ホセ「ジャクソンひとり」
リベンジポルノ動画に写っているブラックミックスの男――、あれは「ジャクソン」じゃないか? いつしか「ジャクソン」は4人になり、調査計画を立てる。
第59回文藝賞受賞作。つまり、デビュー作がそのまま芥川賞候補入りとなりました。ブラックミックスでゲイという、二重にマイノリティである主人公を描いています。
2022年12月26日の読売新聞の書評 で、作家の柴崎友香さんは本作を「自分自身の体でしか生きられないことの重み、安易にカテゴライズされ蔑まれることや、その身体をもって他者と出会うことを、痛みから生み出される言葉とともに、実感することになる」と評しています。
こんな人におすすめ
- 話題作を読みたい
- 社会派小説を読みたい
- 海外にルーツがある
- マイノリティである
- 普通の押し付けが嫌
「実際に生きてるってこと。盗用したポルノごっこじゃなくて」アフリカのどこかと日本のハーフで、昔モデルやってて、ゲイらしい――。スポーツブランドのスタッフ専用ジムで整体師をするジャクソンについての噂。ある日、彼のTシャツから偶然QRコードが読み取られ、そこにはブラックミックスの男が裸で磔にされた姿が映されていた。誰もが一目で男をジャクソンだと判断し、本人が否定しても信じない。仕方なく独自の調査を始めたジャクソンは、動画の男は自分だと主張する3人の男に出会い――。
河出書房新社HP
井戸川射子「この世の喜びよ」
ショッピングセンターの喪服売り場で働く「あなた」はフードコートで少女と出会う。幼い娘たちの記憶と少女の想いが交錯する。
詩集『する、されるユートピア』で第24回中原中也賞を受賞。小説はデビュー作『ここはとても速い川』が第43野間文芸新人賞を受賞しています。
芥川賞候補入りは本作が初。短編「マイホーム」「キャンプ」と合わせて、候補作と同名の『この世の喜びよ』というタイトルで単行本化されています。二人称「あなた」で物語が進んでいくのが特徴です。
こんな人におすすめ
- 純文学が好き
- 二人称小説に挑みたい
- 家族関係に悩んでいる
- 子育てを終えた
- 詩をよく読む
幼い娘たちとよく一緒に過ごしたショッピングセンター。喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の少女と知り合う。言葉にならない感情を呼び覚ましていく表題作「この世の喜びよ」をはじめとした作品集。「二人の目にはきっと、あなたの知らない景色が広がっている。あなたは頷いた。こうして分からなかった言葉があっても、聞き返さないようになっていく。」
講談社HP
グレゴリー・ケズナジャット「開墾地」
青年は、父のルーツに思いを馳せる。父と息子、言語の檻、文化の差――故郷へのそれぞれの想いが共振する、静謐な越境文学。
米国出身で日本語が母語ではない作家による「越境文学」。デビュー作『鴨川ランナー』は第2回京都文学賞を受賞しています。
芥川賞候補入りは本作が初。単行本刊行予定は1月26日、芥川賞受賞作発表の1週間後です。「群像」11月号に掲載されています。
こんな人におすすめ
- 海外にルーツがある
- 越境文学を読みたい
- バイリンガルである
- 留学経験がある
- 親子関係に悩んでいる
何かを追いかけているのか、それとも何かから逃げているのか。父のルーツの言葉、母語の檻、未知なる日本語。父と息子、故郷へのそれぞれの想いが静かに共振する。留学先の日本から、サウスカロライナに帰郷したラッセル。葛の繁茂した庭、南部ならではの湿気、耳に届く哀切な音楽――。青年は、遠くイランからこの地に根を下ろした父の来し方に想いを馳せる。
Amazonページ
佐藤厚志「荒地の家族」
東日本大震災の後、妻を失い仕事もなくなり、何もかもが上手くいかない。元通りには決して戻らない、震災の喪失と痛みを描く。
「蛇沼」で第49回新潮新人賞を受賞し、『象の皮膚』で第34回三島由紀夫賞の候補になっています。仙台在住の書店員で、本作は東日本大震災が背景に描かれています。
芥川賞候補入りは今回が初。単行本刊行予定は1月19日、芥川賞受賞作発表の翌日です。「新潮」12月号に掲載されています。
こんな人におすすめ
- 純文学が好き
- 震災について考えたい
- 東北に縁がある
- 人間関係に悩んでいる
- 人生を見つめ直したい
元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か――。40歳の植木職人・坂井祐治は、あの災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、止むことのない渇きと痛み。
新潮社HP
鈴木涼美「グレイスレス」
AV業界でメイクとして働く彼女は、祖母と共に西洋建築の家に住んでいる。「聖と俗」「性と生」をテーマに挑んだ意欲作。
AV女優から日経新聞の記者、社会学者に転身した作者。小説デビュー作の前作『ギフテッド』も芥川賞候補になっていて、今回唯一の複数回候補入りです。
前回の芥川賞の選評を見ると、松浦寿輝さんが積極的に推しています。単行本刊行予定は1月14日。「文學界」11月号に掲載されています。
こんな人におすすめ
- 純文学が好き
- 性愛について考えたい
- 幻想的な小説が好き
- 人生を見つめ直したい
- 祖父母と暮らしている
主人公は、アダルトビデオ業界で化粧師(メイク)として働く聖月(みづき)。彼女が祖母と共に暮らすのは、森の中に佇む、意匠を凝らした西洋建築の家である。まさに「聖と俗」と言える対極の世界を舞台に、「性と生」のあわいを繊細に描いた新境地。
文藝春秋HP
受賞作予想
現時点でまだ1作しか読めていませんが……、2回目の候補入りの鈴木涼美さん「グレイスレス」と、野間文芸新人賞を受賞している実力派の井戸川射子さん「この世の喜びよ」が有力なのではないでしょうか。
安堂ホセさん「ジャクソンひとり」も現代の社会問題を反映した力作ですが、デビュー作でもあり、構成力にまだ不足があるようにも思います。5作すべて読み終えたら、改めて受賞予想を出す予定です!
受賞作決定!【追記】
2023年1月19日に、第168回芥川賞受賞作が決定しました!
井戸川射子『あなたの喜びよ』
『文藝春秋』2023年3月号掲載の選評では、川上弘美さんが「いったん読み始めるや、わたしはこの小説の只事の中に引きこまれ、快楽をおぼえ、いつまでも読み終えたくなくなってしまったのです」「なぜこんなに心惹かれて夢中になってしまうのか、さっぱりわからない、それなのに大好き、という心もちにさせられてしまったのです」と絶賛しています。
佐藤厚志『荒地の家族』
『文藝春秋』2023年3月号掲載の選評では、吉田修一さんが「読後、胸に熱いものが込み上げてきた。フィクション/嘘が必死にもがいて掴みとった本当がここにはあった」「苦しさ、悔しさ、寂しさが、本作からは真っ直ぐに伝わってくる」と強く推しています。