直木賞

【第168回直木賞候補作】【2023年本屋大賞ノミネート】一穂ミチ『光のとこにいてね』レビュー!

2023年1月8日

作品ポイント

・本屋大賞第3位『スモールワールズ』で話題の作者による感動長編小説
・BL作家が描く、人間の感情の複雑さと割り切れなさ
・「友情」「恋愛」とは何か、「他者」とは何かを深く考えさせられる一冊

あらすじ

どうしてこんなにも惹かれてしまうのだろう――、理由はわからない、けれどあなたでなければならなかった。出会いと運命の奇跡。結珠と果遠、それぞれに魅力的で個性的な少女たちの成長と愛をめぐる物語。

古びた団地の片隅で、彼女と出会った。彼女と私は、なにもかもが違った。着るものも食べるものも住む世界も。でもなぜか、彼女が笑うと、私も笑顔になれた。彼女が泣くと、私も悲しくなった。彼女に惹かれたその日から、残酷な現実も平気だと思えた。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一瞬の幸せが、永遠となることを祈った。どうして彼女しかダメなんだろう。どうして彼女とじゃないと、私は幸せじゃないんだろう……。

文藝春秋HP

レビュー

  • 文章力
    5
  • 構成力
    3
  • 訴求力
    4
  • 時代性
    5
  • 没入感
    4

ここがスゴイ!

「友情」とも「恋愛」とも名前がつかない感情を丁寧に掬いとる技量

裕福な家に生まれ、何不自由なく育てられながらも常に母親の機嫌をうかがい怯えながら暮らしている優等生の「結珠」と、シングルマザーの貧乏な団地に生まれ、それでも強く生き抜いていく美しい「果遠」。「ほんの数回会った彼女が、人生の全部だった」――帯文にあるように、「友情」でも「恋愛」でもない関係で結ばれ、互いを切実に求め慕い合う彼女たち。未だに名前のない、定義されていない感情が、しっかりと読者に伝わるよう言葉が尽くされています。

結珠ちゃんは怯えたように声のトーンを落とした。わたしはすぐさま結珠ちゃんの手を握り、百回でも謝りたい気持ちになると同時に、胸の底から喜びの波が押し寄せてくるのを抑えられなかった、わたしの言葉で結珠ちゃんが傷ついている、わたしにだって結珠ちゃんを傷つけることができる、というほの暗い手応えが嬉しくてたまらなかった。相反する二種類の感情が溶けずに混ざり合っている。

一穂ミチ『光のとこにいてね』p.129

果遠ちゃんは、馬鹿だ。こんなちゃちな道具が何を守ってくれるっていうの。役に立たないことを知っているくせに持ち続けて、娘にもあげないなんて。果遠ちゃんの愚かな一途さはいつだって私の胸を深々と射抜き、ほかの何でも埋められなくしてしまう。

一穂ミチ『光のとこにいてね』p.295

彼女たちの幸せ、喜び、苦しさ。目まぐるしく揺れ動く感情がリアルに伝わります。決して難解な語彙や奇抜な言葉を使っているわけではないのに、真っ直ぐに読者の胸を打つ表現力は天才的です。

印象的で希望が見えるタイトル

タイトルの「光のとこにいてね」というフレーズは、作中でも時間を超えて何回か出てきます。希望を感じさせる「光」の場所に「いてね」と呼びかける優しさに心が温かくなります。物語の雰囲気ともしっかり合った、抜群のタイトルセンスです。

作者の一穂ミチさんは 好書好日のインタビュー で、タイトルの名付けについてこのように答えています。

――『光のとこにいてね』というタイトルが、とても素敵ですね。小説の中で何度か登場する重要なセリフでもあります。これは実際に耳にした会話からきているのでしょうか。
 じつは、この小説はタイトルから始まったんです。オーダー頂いてからなかなかストーリーを思いつかなかったので、先に何かエモいタイトルをつけてテンションあげようと思って(笑)。
 ちょうど最初の緊急事態宣言が出た頃(2020年4月)で、人けのない公園をよく散歩していたんですね。桜が咲いていて、うらうらと陽だまりが揺れていて、人間なんかいなくても春は来るし、桜は咲くんだなって感じました。同じ頃、町である女の子を見かけたんです。髪の毛をひっつめて、レッスンバッグを持って、おそらくバレエ教室なんかに行くところで。その子からちょっと離れたところに、お母さんが待ってるんです。その子は一人、道を行きながら、何度もお母さんを振り返って「そこにいてね」って言ってたんです。それがとってもかわいらしくて。
 不安だったあの頃に見た光景のもろもろがミックスされて、『光のとこにいてね』というタイトルができました。

好書好日インタビュー

タイトルは作品を読んでいない人にアピールできる数少ないチャンス。箔押しの気合いの入った表紙もあいまって、きっと多くの読者がまずタイトルに惹かれて手に取ったのではないでしょうか。

ここはイマイチ…

もの分かりが良すぎる(そして存在感の薄い)男性たち

結珠と果遠、二人の女性主人公に加えて、彼女たちの母の歪みも非常に生々しく描かれている一方で、結珠の父、そして結珠と果遠それぞれのパートナーの意思のなさ、存在感の薄さが気になりました。悩み、苦しみ、決心する女性たちの「サポート役」あるいは「脇役」に徹する男性たちが一体何を考えていたのか。ある意味で、本作は旧来の家父長的な物語を意識的にうらがえした話とも読めるのかもしれません。とはいえ、あまりに女性たちの思う通りに動く男性たちが、物語にとって都合が良すぎるようにも感じられてしまいました。

ラストの煮え切らなさ

本作は462ページというかなりの長編。ここまで二十年あまりの時間を結珠と果遠と過ごしてきた読者にとっては、ラストに彼女たちがどのような決断をするのか、期待して読み進めています。(詳しくはネタバレになるので伏せますが)結珠の決意をハッキリと描かなかったことによって「ただの美談」として終わってしまったようにも感じました。短編〜中編ならばこのような終わり方でも良いのかもしれませんが、ここまで彼女たちの物語に寄り添ってきた読者からすると、最後に梯子を外されたような気持ちになるかもしれません。

次作、これを書いてください!

『光のとこにいてね』というタイトルにも表れているように、それぞれの苦悩はありながらも希望が見える本作。一般文芸デビュー作の短編集『スモールワールズ』でも、公式サイトに「愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす」とあります。複雑な感情を丁寧に掬いあげ、エピソードとして読者に届けられる作者に、今度は人間の意地の悪さや嫉妬といった負の感情をめぐって長編小説を書いてほしいです。きっと、身の覚えがありすぎて怖いくらいの「共感度100%」の "ブラック一穂ミチ" になるのではないかと思います。

第168回直木賞候補作を知りたい方はこちら!↓

2023年本屋大賞ノミネート作が知りたい方はこちら!↓

-直木賞
-,